大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)715号 判決 1986年2月20日
昭和五九年(ネ)第七一五号事件控訴人同年(ネ)第九一九号事件被控訴人
株式会社滋賀相互銀行
(以下第一審被告という)
右代表者代表取締役
窪田常信
右訴訟代理人弁護士
田辺照雄
同
姫野敬輔
同
尾崎髙司
昭和五九年(ネ)第七一五号事件被控訴人同年(ネ)第九一九号事件控訴人
辻本晴孝
(以下第一審原告という)
右訴訟代理人弁護士
野村裕
同
玉木昌美
同
吉原稔
同
篠田健一
主文
1 昭和五九年(ネ)第七一五号事件控訴を棄却する。
2 昭和五九年(ネ)第九一九号事件控訴に基づき、原判決中金員の支払を命じた部分を次のとおり変更する。
(一) 第一審被告は第一審原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和五二年七月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 第一審原告のその余の控訴、並びにその余の請求(当審における請求拡張部分)を棄却する。
3 昭和五九年(ネ)第七一五号事件控訴費用は第一審被告の負担とし、その余の訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を第一審原告の、その余を第一審被告の各負担とする。
4 この判決は金員の支払を命じた部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 昭和五九年(ネ)第七一五号事件(以下事件名は番号のみで示す。)につき
1 第一審被告
(一) 原判決中第一審被告勝訴部分を除き、その余の部分を取消す。
(二) 第一審原告の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。
2 第一審原告
(一) 第一審被告の控訴を棄却する。
(二) 右控訴費用は第一審被告の負担とする。
二 第九一九号事件につき
1 第一審原告
(一) 原判決中第一審原告の敗訴部分を取消す。
(二) 第一審被告が第一審原告に対し昭和五二年七月一日付でなした野洲支店副係長(渉外担当)を命ずる旨の命令が無効であることを確認する。
(三) 第一審被告は第一審原告に対し一四五万円及びこれに対する昭和五二年七月二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え(当審において請求拡張)。
(四) 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。
(五) この判決第三項は仮に執行できる。
2 第一審被告
(一) 第一審原告の控訴(当審で拡張した請求を含めて)を棄却する。
(二) 右控訴費用は第一審原告の負担とする。
第二当事者の主張
当事者双方の主張は次に付加補正するほか、原判決事実欄に摘示のとおりであるからこれをここに引用する。
一 原判決の補正
原判決五枚目裏八行目に「三〇万円」とあるのを「一〇〇万円」と、同一二行目に「三〇万円」とあるのを「一五〇万円」と補正し、同九行目と一〇行目の間に「5」として左記文言を付加し、同一〇行目冒頭の「5」を「6」と補正する(当審における請求拡張による補正)。
5 本件処分の無効等を訴訟上請求するにつき、第一審原告は本件訴訟代理人弁護士に訴訟を委任し、その費用は五〇万円を超えることが明らかであり、これは第一審被告の不当労働行為、不法行為により第一審原告の被った損害というべきであるから、本訴において内金五〇万円の支払を求める。
二 第一審被告の主張
1 本件降職命令は不利益取扱いにならない。
本件降職命令は、その勤務場所は第一審原告の住所に近く通勤に便利な野洲支店のままであり、係長から副係長になることにより職責が軽減され、仕事も不慣れな貸付から経験のある渉外に変ったという利益が第一審原告にもたらされ、仕事は楽になったのに給与は変らないという点は重要であり、これらを配慮すれば、本件降職命令が不利益取扱いにあたるかどうか客観的に判定することは不可能である。
労働契約上、第一審被告は、その指示に従った労務の提供を第一審原告に対し請求することができ、いかなる労務提供を求めるかにつき自由裁量権を有する。この労使関係を考慮に入れれば、本件降職命令のような客観的に労働者に不利益かどうか明確でないものを労働組合法七条の「不利益取扱」とみることは労務提供請求権を恣意的に否定することにつながり相当でない。原判決は、第一審原告の精神的動揺を招来し、社会的評価低下もあり得るとの理由で不利益取扱いというが、主観的感情的判断で相当でない。
なお、本件降職命令により、第一審原告は副係長(渉外担当)となったが、第一審被告は相互銀行であり、一般の都市銀行の業務が店舗中心の業務であるのに比し、預金獲得、貸付先の開拓など顧客のところに出向いて行う渉外活動が格段に重要であり、従業員もその重要性を認識し、かつ、自己の能力を直接的に発揮できることから、渉外係への配属を希望する者が多く、労使とも渉外の重要性を認識しており、貸付係から渉外係への配置はなんら不利益取扱いとならないものである。
2 従組の組合活動を嫌悪していたとの原判決の判断について。
原判決は、従組の活発な組合活動を認定のうえ、第一審被告代表者(社長)の昭和五一年五月一〇日開催の渉外係長会議における発言、人事部長の長谷川富佐子(従組員)配転拒否事件に関する昭和五二年七月九日付及び同年八月四日付文書の内容が反従組的である事実に基き、第一審被告が従組の組合活動並びに従組員を嫌悪していたと判断している。
しかし、右判断は、従組と第一審被告間の長期かつ継続的な労使関係全体をみず、昭和五一年五月と同五二年七月の突発的事象を全体像を示すものと見誤っている。なるほど、昭和四八年以降従組は勤務時間外の無償の労務提供、時間外手当の不支給(正確には、従業員の時間外手当不請求を管理職が看過したこと)等の労働基準法違反是正のための組合活動を活発に行ってきた。しかし、右労働基準法違反事実は、一般従業員の志気の向上により自発的にもたらされたとの性質を持つため、第一審被告はその対応に時間を要したが、結局従組の要求の正当性を認め、昭和五一年六月二八日社長が労使団交に初めて出席し、労働基準法違反を全面的に是正する旨表明するにいたった。
これより先、昭和五〇年八月の定例人事異動においては、従組員である米村精二の副長、国松清太郎の次長、長谷川吉男の係長への登用があった。
このようにみてくると、第一審被告は、漸次、従組の活動の正当性を認めて行き、昭和五一年六月には社長自ら団交において従組の要求を正当に評価する旨を表明するにいたったものであって、右社長の団交出席の約一ヶ月半前における社長発言をもって、従組あるいは従組員に対する嫌悪感の表明とする原判決の誤りは明らかである。また、右昭和五一年五月一〇日の社長発言は、その内容から明らかなように、不相当な組合活動に対する警告にとどまり、従組あるいは従組員に対する嫌悪を示すものでない。
昭和五二年七月九日付、同年八月四日付の人事部長作成文書の内容が従組に対する敵対の性格を有することは否定できないが、これは、人事部としてその正当性に確信をもって発令した長谷川富佐子の配転につき、同人から違法として提訴があり、それを従組が全面的に支援したという従組側から仕掛けられた紛争に対しての対応であるため、戦闘的あるいは敵対的な内容があっても当然であり、これをもって、それ以前に決定され、発令された本件降職命令が従組及び従組員に対する嫌悪感に基くと断定することはできない。
従組と第一審被告の労使関係を通観するとき、本件降職命令は、昭和四八年以降、従組が取組んできた労働基準法違反是正の活動を第一審被告も正当に評価し、労使関係は好転していたなかで、第一審原告の係長としての適格性の有無を正当に評価してなされたものであり、従組あるいは従組員に対する嫌悪の情に基づいてなされたものでないことは明らかである。
3 本件降職命令の理由
(一) 第一審被告は、第一審原告が貸付係長として不適格であり、また、貸付係長以前についていた渉外係長としても、その職に適応できなかった事実があることから、係長として不適格と判定し、本件降職命令を発したもので、その具体的理由はすでに述べたとおりであるが(原判決事実欄第二(被告)三123)、さらにこれを詳説すれば次のとおりである。
(1) 突然の休暇取得について
第一審被告においては、従業員の休暇取得(年休、指定休日の取得)について、休暇中の事務引継を円滑確実にするため、休暇をとる従業員と引継者(代行者)の間で、事務引継簿と称する書面を作成し、引継事項を明確にする制度を設けている。この制度は、定型的事務に従事する従業員についてはともかく、職責の重い係長以上の管理職については、事務引継簿作成が重視され、突発的休暇申出の場合以外は厳重に励行されている。第一審原告は、野洲支店貸付係長在任中、休暇取得の前日遅い時間に外部から電話で翌日の休暇取得(年休取得及び指定休日の変更取得)を支店長に申し出ることが多く、電話では事務引継が不確実であり、また、関係書類を見ないで行われるため、不充分であることが生じるので、上司である野洲支店長(当時)今岡信光は、第一審原告に対しての信頼を失っていた。かかる突発的休暇取得を度重ねることが係長としての適正を欠くものであることはいうまでもなく、第一審原告が野洲支店貸付係長として在任中七回にもわたり所定の事務引継を行わず突発的休暇を取得したことはすでに述べたとおりである。
(2) 職務懈怠により約束の日に貸付金の交付ができなかった事実について
第一審原告は、貸付係長として在任中の一年間に右事実が三回にも及んだが、そのうち原判決が認めなかった橋登喜雄に関する事実の概要は次のとおりである。
野洲支店の顧客橋登喜雄はその所有土地上に住宅を新築する資金として、第一審被告に対し六〇〇万円の融資申込をし、第一審被告はこれを容れ右金額を証書貸付することに決定し、次いで融資の実行をした。しかし、橋登喜雄はその建築予定地の一部を交換により、小沢巌から取得したうえで担保に供することとなっていたので、その間融資金は橋の別段預金として銀行サイドに留保されていた。野洲支店貸付係長であった第一審原告は、右留保金のうち一五〇万円を昭和五二年五月二五日に出金交付する(銀行では資金放出という。)旨橋と約束していた。橋は、右金額を当日建築業者に支払う旨約束していた。なお、この頃には不動産について担保権設定に必要な書類はすでに徴収ずみで保全上の不安もなかった。第一審原告は、右当日定例休暇を取得し出勤しなかったが、当日の資金放出につきなんら引継も報告もしなかったのみならず、該資金放出に関する事前の手続もしていなかった。このような状況のもとに、橋は約束されていた一五〇万円を受領のため野洲支店に来店したが、同支店では突然の話を聞かされ大騒ぎとなった。当日貸付係長の代行をした次長大辻晴雄は、右橋の話を聞き第一審原告に電話で確かめたところ、事実であることが判明し、大辻は橋に陳謝し、責任上建築業者にも直接事情を説明陳謝して納得して貰いようやく事なきを得た。右事案は幸運にも紛争発生にいたらなかったが、債務不履行などを原因として、橋と建築業者間に、あるいは、建築業者とその下請業者などとの間に法的トラブルが発生したり、銀行の責任が問われたりする危険性の極めて高いもので、第一審被告の信用失墜に直結する職務懈怠である。貸付金の交付が一年間に二回も三回も職務懈怠により約束の日に行えなかったということは、通常あり得ることでなく、職務に対する忠実さに著しく欠けていると判断せざるを得ず、貸付係長としてはもとより係長として責任を果たす適性を有しないものである。
(3) 事務ミスの多発
本件降職命令は、第一審被告本店人事部で決定したものであるが、本店人事部では、野洲支店長今岡信光が認識していた突発的な休暇取得、職務懈怠のほか、昭和五二年本店融資部が実施した実態調査の結果、第一審原告が貸付係長である野洲支店貸付業務の成績が不良であったことも併せて考慮し決定したものであるが、右実態調査結果の不良は結局すでに述べた第一審原告の事務ミスが多すぎるというもので、右理由は作為的にあとでつけ加えたものでない。右事務ミスの多発は、前記(1)(2)の事実とともに第一審原告の職務に対する忠実性、能力の低いこと、すなわち、係長として不適格であることを示すものである。
(二) 渉外係長としての適性について
第一審原告が野洲支店貸付係長の前職である八幡駅前支店渉外係長当時同支店の預金量その他において優秀店と評価されていたことは事実であるが、これをもって第一審原告が渉外係長として業績をあげた、あるいは、渉外係長として適性を有すると速断することはできない。第一審原告も述べるように、第一審原告の渉外係長としての適性については、転職を考えるほどそれを欠いていたもので、第一審被告の指示する渉外活動強化方針にもついて行けず、事務引継をしない突発的休暇取得、職務懈怠の点は渉外係長としての不適格事由でもある。係長から副係長への降職事例が少いことは事実であるが、係長への登用が入行以来の勤務状況をみてその適性を見極めたうえでなされるので、係長に登用して初めて不適格がわかる事例がまれにしか発生しないことによる。係長として不適格であれば一つ下の職位である副係長に降職することは当然の措置であって、事例が少いことをもって例外的措置であるということはできない。
4 以上のとおり、本件降職命令は正当な理由に基づくものであるが、前述のように、第一審被告は労働契約に基づき第一審原告に対し労務提供請求権を有し、本件降職命令も労務提供請求権の一つの具体化であるが、その行使については、客観的にみた正当事由(合理的理由)の有無にかかわらず権利濫用にわたらない限り第一審被告の自由裁量に委ねられるものであり、不当労働行為にあたるかどうかを論議することは許されないものである。また、仮に本件降職命令が無効であっても、それは第一審原告と第一審被告間の労働契約上、第一審被告に付与された人事権がその裁量の範囲を超えたにとどまり、不法行為にいたらぬものであり、慰籍料請求権の発生の余地もない。
三 第一審原告の主張
1 降職命令無効確認の訴の利益について
(一) 第一審原告は、昭和五六年六月二六日付で愛知川支店店長代理(渉外担当)となったが、実際の仕事は、いわゆる渉外担当の平行員と同じで、渉外係長の指揮のもとに仕事をせざるを得ない状況である。そして、このような状況は本件降職命令後八年を経過した現在なお一向に変っていないのである。
(二) 第一審被告支店における職位として、「店長代理と係長」という職位の関係は、「支店長と次長」というような職位の関係と同じではない。すなわち「店長代理」は、他の職位と異なる特殊性を有し、このことの理解が本件降職命令の持つ真の意味の理解に必要である。係長は、「係長、次長、支店長」という業務活動のラインの中軸をなす職位であり、支店の渉外、貸付、預金、為替という銀行における中枢業務の現場における第一線のポストして、対内的、対外的に重要な役割を有している。そして、ほとんど全ての店長代理がこの係長職を兼任しており、第一審原告のような係長職のない店長代理は他に第一審原告と同じく従組員である長谷川吉男、浦谷佳朋を除き極めて例外である。さらに、係長は係長会議に出席し、銀行業務につき、右会議を通じ自己の所属する支店における業務についての重要事項を議題にしたり、数多くの問題点を指摘する機会を与えられているばかりか、銀行全体の状況を知る機会を与えられている。これに対し、係長兼任のない店長代理としてだけでは、各種の会議に出席する資格も認められず、担当業務内容としては単なる平行員と変らず、店長代理と別に係長がいる場合、例えば本件における愛知川支店の第一審原告の立場のような場合には、その担当業務につき係長の指揮に従わねばならず、同人の査定を受けることになり、係長を兼任する店長代理とそうでない店長代理とでは、業務上や査定の問題でも重大な差が認められるのである。
(三) このように、係長職のもつ意味が第一審被告において重要な意味を有し、たとえ店長代理でも係長職の兼任があるかどうかは重要な差となっている。第一審原告が求めているのは、係長職をはずした本件降職命令の無効確認であり、係長職の回復であり、この無効確認が第一審原告の地位に重要な変更をもたらし、かつ、本件紛争の直接かつ抜本的解決のため必要かつ適切な事情となる。従って、本件降職命令の無効確認を求める訴の利益は、現在なお継続して存在する。
2 降職命令は不利益取扱いに該当する。
本件降職命令が、第一審原告にとって精神的苦痛を生じさせる最大の理由は、同一支店内での係長から副係長への降職である点である。支店が異なり、かつ第一審被告支店における格の上位の支店への配転を伴うのならまだしも、同一支店での係長から副係長への降職は、対内的、対外的にみて、第一審原告への評価が悪化する蓋然性を有している。第一審原告の住所の近くで便利である点が問題とならないのは明らかである。第一審被告は、職責が軽減され、仕事も経験のある渉外への変更で第一審原告に利益である旨主張するが、職責の軽減が利益であるなら、従業員は全員役職のない平行員になるのが一番利益ということになり、昇進を望むものもないことになる。また、経験のある渉外への変更があるとの主張も反論するだけの価値がない。このように、本件降職命令により、第一審原告が係長職をはずされたことにより、対内的、対外的評価の低下をもたらすのみならず、第一審被告の仕事の中枢からはずされ、その結果査定にも影響する結果を生じるのである。従って、長期的にみると給与面でも影響を受けるのである。さらに、仕事が楽になったということはいえないし、給与が変らないという経済的事情だけが不利益取扱いの有無を決する要素ではない。
3 第一審被告が従組及び従組員を嫌悪している点について
(一) 第一審被告は、昭和五一年五月一〇日の社長発言を不相当な組合活動に対する警告にとどまり、従組または従組員に対する嫌悪を示すものでないと主張する。しかし、右発言のあった渉外係長会議の約半月前に、賃金差別問題と労働基準法違反問題で従組の上部団体である全相銀連中部支部や、滋賀県金融共闘代表団と第一審被告との交渉が行われ、かつ、従組として半日ストライキを行い、また労働基準法違反の調査を滋賀労働基準局に申入れていた事実からいって、明らかに右社長発言は従組や従組員に対する嫌悪のあらわれである。さらに、前記交渉や労働基準局への調査依頼が不相当な組合活動という考えでなされたのであれば、この点でも従組に対する嫌悪の情が鮮明である。
(二) 第一審被告は、昭和五一年六月に社長自ら従組との団体交渉に出席した点を強調するが、これは前記申入れによって行われた五月一二日の滋賀労働基準局の第一審被告に対する実態調査及びそれに伴って出された労働基準局の労働基準法違反事実の警告が出された結果、第一審被告において一定の衝撃を受けたためで、従組に対する嫌悪が変更したためではない。
(三) 第一審被告の従組及び従組員に対する嫌悪を端的に示すものとして甲第一二六号証ないし一三〇号証があるが、右書証のうち甲第一二七号証と同第一二九号証の一の文書については、第一審被告も従組に対する敵対の性格をもつものであることを認めたが、これは、長谷川富佐子の配転につき同人より違法として提訴があり、これを従組が全面的に支援し、従組から仕掛けられた紛争に対する対応である旨主張する。しかし、甲第一二六号証には「<ハ>若手女子行員には微笑で接近し、更衣室等で資金カンパや物品押し売りをし……このまま伏見支店に放置すればますます増長することも予想されるので」との記載があり、これは長谷川富佐子が女子行員に接近することによる従組への関心や支持者の増加を妨げるのをねらったものである。また、資金カンパは明らかに従組のためと思われるのに、それを嫌悪する意向がはっきりしている。このような、従組の組織強化につながる活動を妨げるため長谷川富佐子に対する配転を行ったもので、従組及び従組員に対する嫌悪はこの事実からも明らかである。
4 第一審被告主張の本件降職命令の理由について
(一) 事務引継の懈怠と急な休暇取得
第一審原告は、第一審被告の右主張の基底にある「休暇取得」自体が、本件降職命令の根本的事由と把えてきた。第一審原告の休暇取得に対する第一審被告及び同野洲支店長の嫌悪というものは、第一審原告が従組の組合活動のために休暇を取得する点にあり、労働条件改善のための正当な組合活動に対する嫌悪と同質のものである。それ故に、本件降職命令は、他の従組員長谷川富佐子に対する配転、従組副委員長国松清太郎に対する事務担当次長(これも業務活動の中軸のラインではない)、従組書記長長谷川吉男に対する貸付係長から単なる渉外担当への変更等従組員七名中四名の異動の一環として強行されたものである。
(二) 顧客橋登喜雄に対する貸付上の職務懈怠について
昭和五二年五月二五日以前に、第一審原告が橋に対し留保金五八六万一、〇〇〇円の内金一五〇万円の放出を右同日行うことを確定的に約束することがあり得ないことは証拠上明らかである。
(三) 事務ミスの多発について
第一審被告は、今岡野洲支店長の認識していた(一)(二)の事実のほか、昭和五二年に本店融資部が実施した実態調査の結果を併せて考慮し、本件降職命令を決定した旨主張するが、これは極めて不可解な主張である。人事部が所轄する長谷川富佐子の仮処分事件における本件降職命令正当化のための疎明資料において右調査結果は完全に欠落し、乙第一一号証でも、本件降職命令の根本的事由が、第一審原告の休暇取得にあったことを第一審被告が自認しており、事務ミスを理由としたものでないことは明らかである。
5 慰藉料額について
第一審原告は、当審で原審での慰藉料請求額を三〇万円から一〇〇万円とし、併せて五〇万円を超える弁護士費用の内五〇万円を請求する旨拡張した。本件降職命令は、それにより第一審原告を平行員同様の職位におとしたものであり、その状態は、すでに述べたように昭和五二年七月一日から八年余の現在まで続いており、昭和五六年六月二六日付愛知川支店店長代理(渉外担当)への異動もこの状態を全く変えていない。渉外係長、貸付係長の職務を遂行してきた第一審原告に対する本件降職命令は、その後の第一審原告に対する処遇が示すとおり、係長職位以上の職位不適格者のらく印を印するものであり、本件降職命令の惹起した第一審原告への状態とその状態の長年月性からみてその精神的苦痛に対する慰藉料は一〇〇万円をもって相当とする。
第三証拠関係
証拠関係は、原・当審記録中証拠関係目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 当裁判所の認定、判断は、慰藉料額の認定及びこれに基づく結論に関する原判決理由部分(原判決一九枚目表九行目から同二〇枚目表七行目まで)を削除し、これを当判決理由七以下のとおり付加訂正し、当事者双方の当審における主張に対する判断を次に付加するほかは、原判決理由欄に説示のとおりであるから、これをここに引用する。
二 本案前の主張について
(証拠略)によると、店長代理の職位は、係長の職位より上位にあり、当該支店において支店長を補佐し、係長を指導する地位にあるものの、第一審被告においては、店長代理は通常係長を兼務する者が多く、第一審原告が店長代理(渉外担当)として所属する愛知川支店においても、第一審原告より年下の渉外係長を兼務する店長代理が他に在職し、第一審原告は事実上係長に対する指導を行い得る立場にないこと、係長は支店の渉外、貸付、預金、為替というような銀行における中枢業務の第一線の職位として重要性を有することが認められ、右認定に反する証拠はない。しかしながら、これらの事実を考慮しても、本件降職命令の無効であることを確認しても、これによって第一審原告の現在の職位になんら変更を与えるものでないから、いまだその無効確認を求め得るにつき訴の利益があると解することはできない。
三 本件降職命令は、不利益取扱いに該当する。
第一審被告は、本件降職命令は、勤務場所、給与も変らず、不慣れな貸付係から経験のある渉外係に変わり、第一審原告に利益であり、しかも、仕事は楽になったものであるから不利益取扱いにあたらない旨主張する。しかしながら、労働者に対する使用者の行為でそれが不利益取扱いにあたるかどうかは、単に経済上の不利益等に止まらず、職場内における客観的評価の低下の有無及び社会的評価の低下の有無をも考慮して判断すべきものであり、給与、勤務場所に変わりがなく、業務及び職責が軽減され、仕事が楽になったとの事実があるからといって不利益取扱いにあたらないということはできない。本件降職命令は、支店貸付係長から同一支店渉外副係長に職位を低下させるものであることは、すでに認定したところであり、これによって、第一審原告の職場内の客観的評価を低下させるものであることは明らかであり、さらに、社会的にも第一審原告に対する評価の低下もあり得るのであるから、本件降職命令は労組法七条一項の「不利益取扱」に該当すると解すべきである。また、第一審被告のような相互銀行においては、一般の都市銀行に比して、預金獲得、貸付先の開拓など顧客のところへ出向いて行う渉外活動が格段に重要であり、渉外係への配転の希望が多く労使とも渉外の重要性を認識しているとの第一審被告主張のような事実があっても、第一審原告は、すでに、昭和四八年一月一日付で愛知川支店副係長(渉外担当)、昭和五〇年八月八日付で八幡駅前支店渉外係長にそれぞれ命ぜられ、渉外係としての経験を経たうえで昭和五一年七月一日付で野洲支店貸付係長になったものであることは当事者間に争いがないから、本人の希望ないし降職事由の存在する場合は格別、これらの事実の認められない本件の場合本件降職命令が不利益取扱いにあたることは明らかである。さらに、使用者は、労働契約上企業の管理運営上の必要性にもとづき労働者が使用者の指揮命令に従って労務を提供するよう指示を与えるいわゆる労務提供請求権ないし労務指揮権を有し、労働契約、法令、労働協約、就業規則、労務慣行等の合理的限界を超えない範囲で使用者の裁量に委ねられているといい得るが、右権利の行使が右合理的限界を超え不当労働行為にあたる場合には違法のものというべきであるから、第一審被告の労務提供請求権を恣意的に否定するものとする主張は採用できない。
四 従組の組合活動を嫌悪していたとの点について
第一審被告は、昭和五一年六月二八日に社長が従組との団体交渉に初めて出席し、労働基準法違反の事実を全面的に是正する旨表明するにいたったこと、及びこれより先の昭和五〇年八月の定例人事異動における従組員である米村精二、国松清太郎、長谷川吉男に対する各処遇からして、第一審被告において従組及び従組員に対する嫌悪の事実はない旨主張する。しかしながら、すでに認定した一連の従組の組合活動、これに対する第一審被告の対応を考慮に入れれば、昭和五一年六月二八日の従組との団体交渉に第一審被告社長が出席し、労働基準法違反の事実を全面的に是正する旨表明したとの事実(この点は当事者間に争いがない。)があるからといって、従組及び従組員に対する嫌悪感があったとの認定を覆すに足りない。また、当審第一審原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる(証拠略)によれば、米村精二の例を除けば、国松清太郎、長谷川吉男に対する各人事異動による処遇はいずれも同期入行者の処遇に比し数年遅れた処遇であることが認められ、右認定に反する証拠はないから、右事実は従組及び従組員に対する第一審被告の嫌悪感存在を一層うかがわせることはあっても、これを否定する資料とすることはできない。第一審被告のこの点の主張を採用し、前示判断を覆すに足りない。
五 本件降職命令の理由について
1 突発的休暇の取得について
(証拠略)によると、第一審被告の就業規則においては、その第二二条第一項に「年次有給休暇をうけようとする場合は少くとも一日前に上長経由所属長に申出るものとする。但し止むを得ない場合は当日始業前に上長に届出なければならない。」旨の規定のあること、野洲支店においては、従業員が年次休暇等を取得する場合は、引継事項の有無にかかわらず引継簿を作成し、引継をする者及び代行者がそれぞれ署名押印して引継事項及びその有無を明確にする取扱いになっていたが、必ずしも右取扱いは従業員間に厳格に履行されず、引継事項のない場合には引継簿を作成せず、前日終業後ないし当日始業前に休暇取得の申出のあったときは口頭により引継事項の伝達を行うにとどまり、さらに引継簿に記載しないまま経過している事例のあることが認められ、同証言中右認定に反する部分はたやすく信用できない。右事実に、すでに認定した事実を併せ考えれば、(証拠略)の記載は、野洲支店長今岡信光が第一審原告の休暇取得日について事務引継簿を調べ、これに記載のないことから事務引継をしないで休暇取得したと判断した内容を記載したにとどまり、口頭により事務引継がなされたかどうかの点にまで調査していないものであり、従って口頭により事務引継がなされている場合も、事務引継のない休暇取得と記載していることから、その記載内容は直ちに信用できない部分があるので、昭和五二年六月二五日以外の第一審原告の休暇取得が事務引継をしないままなされたと認め難いことはすでに判断したとおりである。
2 職務懈怠により貸付金の交付が約束の日にできなかったとの事実について
第一審被告は、第一審原告が野洲支店顧客橋登喜雄との間に留保金中一五〇万円の資金放出(第一審被告が別段預金として留保していた橋に対する融資金約六〇〇万円のうち一五〇万円を出金交付すること)を約束していた昭和五二年五月二五日に事前手続をせず、また、右事実を引継がないで休暇を取得した旨主張するが、(証拠判断略)第一審原告が橋登喜雄との間に右同日一五〇万円の資金放出を約束していたとの事実を認めるに足りない。従って、右事実の存在を前提として、第一審原告が事前手続を行わず、右事実の引継をしないまま休暇を取得し職務を懈怠したとの第一審被告の主張は採用できない。
3 事務ミスの多発の点について
この点の認定判断は原判決該当部分に説示のとおりであり、(人証略)を考慮してもその認定判断を左右するに足りない。
4 右1ないし3の認定及びこれらの点に関する原判決の認定判断からすれば、第一審原告が貸付係長として、さらに渉外係長として不適格であるとする理由に乏しく、本件降職命令は従組及び従組執行委員である第一審原告の組合活動を嫌悪してなされた不当労働行為といわざるを得ない。
六 以上認定判断したように、本件降職命令が労組法七条一項に該当する違法なもので、これが第一審被告の故意により第一審原告の労働者としての利益を侵害するものであることが明らかであるから、これによって第一審原告の被った損害については、第一審被告は不法行為に基づく損害としてこれを賠償すべき義務がある。第一審被告は、労働契約に基づき第一審原告に対し労務提供請求権を有し、その具体的行使である本件降職命令は、それが権利の濫用にわたらない限り第一審被告の自由裁量に委ねられ、不当労働行為にあたるかどうか論議することは許されないと主張する。しかしながら、第一審被告主張の労務提供請求権(あるいは労務指揮権)は、すでに判断したように労働契約、法令、労働協約、就業規則、労務慣行等の合理的限界を超えない範囲で使用者の裁量に委ねられているもので、右労務提供請求権の範囲がその合理的限界を超え、労組法七条一項に該当する違法なものである以上、さらに、これが権利濫用にあたるかどうかにつき判断を加えるまでもなく、不当労働行為の認定判断の妨げとなるものではないから、第一審被告のこの点の主張も採用することはできない。
七 慰藉料額について
すでにみてきた事実、並びに原・当審第一審原告本人尋問の結果によれば、第一審原告が本件降職命令により係長の職を解かれ、同一支店において副係長職(渉外担当)に降職を命ぜられ、同期入行者より職位が低下し、その後昭和五六年六月二六日付で職位こそ係長より上位とはいいながら、銀行における中枢業務の第一線の職位として重要性を有する係長職の兼任のない愛知川支店店長代理(渉外担当)として、第一審原告より年下の渉外係長を兼任する店長代理が他に在職する右支店に勤務して現在にいたっていることが認められ、右事実によれば、本件降職命令により第一審原告がその職場内ないし社会的評価の低下を苦慮し、精神的苦痛を被ったことは推認するに難くなく、一面において、第一審原告にも勤務上問題とされる点もあった事実、さらに成立に争いのない甲第一九号証により認められる本件降職命令を受けた当時第一審原告は月収平均一四万六五〇〇円の給与を得ていた事実、並びに、本件に顕われた一切の事情を考慮すると、右精神的苦痛を慰藉するためには二〇万円をもって相当とする。
八 弁護士費用の損害について
本件訴訟にいたる経緯、その内容から考えれば、第一審原告が本件訴訟の遂行を弁護士たる訴訟代理人に委任した行為は、第一審被告から受けた不当労働行為の救済を求めるため相当の行為であり、その弁護士費用は第一審被告の不法行為により被った損害というべきであり、本件訴訟の難易度、審理期間、第一審原告の請求に対する前示認容額から考えれば、その弁護士費用中一〇万円をもって損害額と認定すべきである。
九 結論
以上のとおりであるから、第一審原告の本訴請求中慰藉料二〇万円、弁護士費用の損害中一〇万円、計三〇万円及びこれに対する不法行為時の後である昭和五二年七月二日から完済まで年五分の割合による民事遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容することとし、本件降職命令の無効確認を求める訴は不適法として却下すべく、右訴を却下した原判決は相当であるが、右認定と異なる金員支払を命じた原判決部分は失当であるから、第一審原告の控訴に基づき原判決を前示のとおり変更することとし、その余の第一審原告の控訴及び請求(当審における請求拡張部分)を棄却し、第一審被告の控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、九二条、八九条を、金員の支払を命じた部分についての仮執行の宣言につき、同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井玄 裁判官 大久保敏雄 裁判官 礒尾正)